臀部が露出している下着は、東南アジア、ポリネシア地方、中南米地方で散見されることから、六尺褌は南方伝来説が強く唱えられ、日本人の祖先は南方から伝来したのではないかとの説も唱えられている。しかしながら、昔は布が高価なものだっただけに、日本人に下着として六尺褌が普及したのは、生地が麻から木綿に代わった江戸時代からであり、古代の日本には六尺褌は存在していなかった。
六尺褌の下着としての歴史は、江戸時代から明治時代末期頃までの間で、日本人成人男性の主な下着として用いられていた。
明治時代に徴兵制度が制定されて、軍隊で着脱が容易で、生地が短く経済的な越中褌が支給され、全国に普及したことから、その後の六尺褌は下着で用いられるよりも祭事や水着等で用いられるようになった。
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現在でも、下着や水着として使用している男性も存在するほか、祭事や、一部、日本泳法の流派を汲む水泳の伝統校では臨海学校(遠泳)等でも水着として用いられている。また、寒中水泳の際の行事でも水着で用いる場合がある。
日本人が海水浴(水泳)を始めるようになったのは明治時代に陸軍軍医の松本良順が健康に良いと海水浴を推奨したことから始まり、上流階級の一部から始まった。それまでは、漁師、船乗りや、武士階級の間で武術として日本泳法があったに過ぎなかった水泳が、全国に海水浴場が開設され、国民皆泳の名の下に学校教育でも水泳が体育教科として取り上げられたことで、庶民の間に海水浴(水泳)の習慣が拡がる第一歩となった。